文学カフェ詩のサロン

​哲学読書会

​Since 2016~

みんなで哲学に関する書物を読み進めます。

​今まで哲学に触れたことのない人も、哲学に興味はあるけれども一人でテキストを読むには自信がない、という方も歓迎いたします。

著者の思索をなるべく正確に読み解きながら、そのまま鵜呑みにするのではなく、再検討してみることを大切にします。

どこに著者の主要な主張があるかを見つけられるようになりましょう。

次に、著者の主張を支える根拠が書かれているかどうかを探して見ましょう!

そして、内容についても立ち止まって熟考して見ましょう。

10月27日 哲学読書会『中動態の世界 意思と責任の考古学』7章を読む

1章から始まった回、とうとう7章まで進んでまいりました。 10月27日全9名での読書会となりました。 7章では、中動態の観点から西洋哲学史を見直してみる(ref.199)ということがテーマとしてあったと思います。 前半では、ハイデッガーの「意志」についての彼の態度について論述されていました。 そこで意志概念についてのおさらいや見直しも、改めて行いました。 余計わけが分からなくなる可能性も否めなかったのですが、「転回前ハイデッガー」と「転回後ハイデッガー」と「後期ハイデッガー」についての補助プリントを用意しました。 お配りしたハイデッガーに関する補助プリントは全て、『ハイデッガーの思想』木田元著岩波新書1993年のものです。 横道に逸れる可能性もありましたが、それでも、せっかく読書会に集っていただいた皆さんと、ハイデッガーのちょっとしたエッセンスをシェアできると、漠然とでも、いつかどこかで何かに繋がるかもしれません。点と点が線になる瞬間があるかもしれません。 お配りしたハイデッガーについての補助プリント複数のうち、次の部分だけを改めて引用します。 以下の内容にすでに、「転回」を示唆するものが含まれていると思います。 下線部は、筆者すぎはら によります。 ハイデッガーが人間のことを<現存在>という妙な言葉で呼ぶのも、人間こそ、<存在>という視点の設定がおこなわれるその<現場>だからにほかならない。 してみれば、<存在了解><存在企投>とは、現存在にとっては、確かに自分のうちで起こった出来事には違いないが、自分がおこなったわけではなく、自分を超えた何者かの力で生起したとしか思われず、

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