てつがく屋

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読書と対話の会『人間にとって成熟とは何か』曽野綾子著
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よくある質問

そもそも哲学カフェや哲学対話ってなあに?


哲学カフェはフランスのマルク・ソーテという哲学者がきっかけで始まったと言われています。1992年にフランスのパリの喫茶店で、上流階級の人々や専門家ではなく、一般の市民を対象とした哲学の討論会を開きました。 討論会では、時事ネタから生や死についてまで、身近な様々なものが問いになりました。 自由とは何か?正義とは何か?暴力は必要か?安楽死は必要か?生きる意味はあるのか?権力は悪か?人間は結婚すべきか? 特別な専門家たちの間だけで語られるのではなく、一般市民に哲学的に思索する場が提供されることとなりました。 それは、学歴も立場も関係がなく対等に表現できる、多様な価値観と出会うことで自分の価値観に気づき、一人一人が自分の思考を組み立てることを助ける場でした。 少人数で始まったこの討論会は、どんどんと広がりを見せ、世界各地に広がりました。 ※てつがく屋では、「哲学カフェ」と「哲学対話」を同じ意味で使っています。




哲学カフェって喫茶店の名前ですか?


哲学の名称が含まれる喫茶店も存在しますが、哲学カフェは、喫茶店のことではありません。哲学対話が行われる「場」のことを意味しています。 しかし、人々が集い会話する席には、いつも珈琲や紅茶、そしてお茶菓子などがありました。 革命はカフェから始まると言っても過言ではない程。
フランスパリのカフェ、ル・プロコープは、様々な客たちがコーヒーを片手に、時に熱い議論を交わしたり、会合の場所になったりして、人々の交流と文化を育んで行きました。
カフェは革命や新しい時代を生む足場になっていたのです。
市民の哲学対話の集いが最初に始まったのも、やはりカフェでした。 カフェは、市民の集いや交流と文化を育む。そうした意味合いで哲学対話の場が「哲学カフェ」と呼ばれているとも考えられます。 美味しいコーヒーと甘いお茶菓子は、人々の脳に栄養を与えてくれて、あるいはスッキリとした気分にさせて、会話を弾ませてくれることでしょう。

哲学カフェ・哲学対話では、お飲物と細やかなお茶菓子をご用意する場合があります。




哲学カフェに参加する上でのルールはありますか?


哲学カフェの手引き

以下に書かれている内容は簡単なようで難しいかもしれません。

ちょっと心に留めておく程度で構いません。

上手くできなくても、大丈夫です。

★ なるべく難しい用語や専門的な知識を使わない

 難しそうな言葉を呪文のように唱える人がいても、みんなが黙って聞いているとは限りません。「今の言葉はどういう意味?」と逆に問い直されるかもしれません。ですから、もしも専門用語を使うならば、意味を問われた時に、きちんと分かりやすく説明できるよう心構えをしておいた方が良さそうです。どうしても専門的な用語を使わなければならない場合もあると思いますが、できるだけ、参加者のみんなにわかりやすいように努力しましょう。知識の独白ではなく自分で考えたことを話しましょう。そして対話を志す姿勢を忘れないでください。どれだけ難しい言葉を知っているかではなく、論拠の正しさによって議論しましょう。

★ 迷いながらで、うまく話せないけれど大丈夫

わかりやすく伝えるコツは、ちゃんと自分がそう考えるに至った根拠を示すことや簡潔にまとめることにあるかもしれません。だけれども、今まさに目の前に対話の相手がいてやりとりされている思考の渦の中にあったなら、誰だって、なかなか簡単には自分の考えをまとめられそうにありません。迷いながらでも構いません。



★相手を全否定しない(?)

哲学の議論の中では、批判的吟味(まず鵜呑みにせず立ち止まって考える)は、重要なことです。けれども、批判を受けることに慣れていない人は、自分の全てを否定されたと感じるかも知れません。様々な価値観の他者と共に語り合うときには、様々なことが起きます。驚き、喜び、発見、ひょっとすると、ショックさえも、哲学カフェの醍醐味かもしれません。

★思いやり

相手の意見に対して、反対の意見を持つことがあるかも知れません。全ての人が自由に発言できますが、議論の中で批判を受けることに慣れていない人もいるかもしれない、ということを頭の片隅に置いておきましょう。その上で、反対の意見も積極的に!

★立場も年齢も関係ない

先生と生徒、上司と部下、先輩と後輩、年配者と若者などの立場や年齢は、哲学カフェの中では忘れませんか。知識や経験の多さではなく、一人一人の言葉や表現を大切にしましょう。

★対話になるよう心がけよう

独白ではなく、対話になるよう努力しましょう。

相手の意見と無関係に話すのではなく、なるべく関連させながら話すことで、議論の充実を図れるかもしれません。

★結論など出ないかもしれない(?)

時間内で、参加者の全員が納得できる結論など出ないかもしれません。そもそも哲学カフェは全員が一致できる何らかの「結論を出すため」のものではなく、対話によって「思考する」ことが目的です。もし仮に、この「思考」の中で、「ある部分が自分には解らない」ということが参加者各々にとって明らかになるならば、それこそ哲学的な対話の意味があった、とは言えないでしょうか。あることについて自分が知っているのか、知っていないのか、ということに無自覚だったとすれば、今は、自分が知らないということをはっきりと知っているのですから。





自己紹介は必要ですか?


自己紹介の時間はあえて取っていません。

相手の肩書やお仕事、所属しているグループや年齢などを知ることによって、対等な対話が阻まれることのないようにしたいと考えています。

普段の生活の中の人間関係から少し離れて、相手が何者なのか、ではなく、相手の言葉や考えを聞き、考え、そしてまた答える、ということを大切にしたいと考えています。




議論の場では必ず発言しなければなりませんか?


発言は決して強制ではありません。 とにかく自分の考えを言う、ということではなく、他者の考えをじっくりと聞くということも、大切な姿勢の一つです。 発言のする、しないは参加される方の自由です。




哲学読書会ってなあに?


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哲学読書会と哲学対話の違いは?


読書会では、哲学の知識に触れる機会ができます。また、精読(丁寧に文章を読み解く)力を養う訓練になると思います。

一方、哲学カフェでは、哲学の知識は必要ありません。本に書いてあったことや、他の人の考えや思想ではなく、自分の考えを自分なりの言葉で話します。自分に身近な事柄を足がかりにしながら、普段立ち止まって考えることのないことを、じっくり考えます。





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